関西大学美術部白鷲会

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第十章 アトリエ

1960年代後半、全国の大学で学生運動の嵐が吹き荒れる。
関西大学においても例外ではなく、
1969(昭和44)年にはその勢いが頂点に達し、
キャンパスは騒然とした空気に包まれた。

アトリエでの制作風景
アトリエでの制作風景
1992年
(関西大学美術部白鷲会提供)

白鷲会展は中断することなく続けられたものの、
学生の自治組織である学友会や全関西学生美術連盟など、
美術部白鷲会が所属していた団体も、
運営のありかたや方向性をめぐる対立から
分裂・崩壊した。

全関西学生美術連盟は翌年、
運営形態を改め再組織されたが、
関西大学美術部白鷲会は大学として加盟せず、
以後、全関展へは個人参加となった。

こうしたなか、 美術部白鷲会の部室があった尚志館が、
部員の反対にもかかわらず取り壊され、
やむなく特別講堂のロビーを
仮の部室とする 出来事があった。

その後、部室は誠之館に移ったが、
特別講堂のロビーはその後も美術部のアトリエとして使用され、
白鷲会展や回生展のための制作に部員が青春の汗と涙(?)を流す場となった。

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